2011年5月30日月曜日

場の持つ力 その3―そこは祭の場となった

 ジャワ島に渡り二週間、時間におかまいなく連日襲ってくる豪雨と暑さ、四方吹き抜けのプンドボで昼夜おこなわれる稽古で、私もとうとう発熱、注射を打ちながら初日を迎えることになってしまった。
 もし上演開始直前や、本番中に強い雨が来たら吹き込む雨水や雨もり、雨音で公演中止は間違いない。たった三回だけの公演だ、中止はつらい。
 インドネシア側の連中に「雨になったらどうしますか?」と聞いても、「本番中、雨は降りません、雨は止めますから。」とニヤニヤしながらわけのわからない事を言っている。
このプロジェクトの準備に私たちは二年間をかけて来た。言葉の壁だけではない、考え方や方法論、システムの違い、稽古時間も通常の倍以上かかる。テーマだってお互いにこだわりの持てるものを選びたい。宗教や食べ物の違い、(最近起きた味の素事件でもわかるように。)貨幣価値の大きすぎる違いも、気を付けないと差別につながりかねないだろう。
 初日、幸い雨はまだやって来ない。
 客の出足も好調だ。
 プンドボの廻りには、まだ明るいうちから入場券を持たない近所の大人や子供達が集まって来て鈴なりになり、何が始まるかと柵越しにのぞき込みぺちゃぺちゃと喋っている。広場には屋台のそば屋までお出ましで、ここはあっという間に祭の場になっていた。
 会場の裏手では、インドネシア側の一番年長のユドヨノ先生がまっ赤な唐辛子で飾りつけた供物を地面に立て、素焼きの入れ物に椰子の殻で作った炭火をおこし、なんと雨止めの祈祷を始めたではないか。
 自分が出演中も火を絶やさぬよう、美人の奥さんまで動員している。
 開始十五分前。
 日本公演の間も、楽屋の一角で毎回行われていたのだが、ここではスタッフ、出演者全員が会場の一番奥にある別棟の、かつて王や王女の控え室だった扉の前に集合し、影絵芝居(ワヤン・クリ)マハーバーラタの物語りに登場する悲運の王子カルノと戦場で兄を殺さねばならなくなったその弟アルジュノ、二つの金色鮮やかな人形をならべ、線香、聖水、花を捧げ、今日の公演の無事を祈る。
 その後インドネシア側のチーフであり出演者で共同企画者のベン・スハルト氏、彼は芸大のパフォーマンス科の学部長であり、著名な舞踊家だ。彼の神への感謝を込めた真摯で華麗な即興ダンスがしばらくあり、皆でお互いに一礼し、各自スタンバイの位置につく。いよいよ開始である。
 開演のドラが鳴り、すべての明りが消えると、まだかすかに光が残る夕空に、プンドボの屋根がそのやさしい形を浮かび上がらせた。
 再び明りが入る。
 客席は満員になっていた。


(注)この文章は十勝毎日新聞に掲載された記事を載せています。

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