2011年11月11日金曜日

再生作業としての演劇行為 その5

様々な仮面 その2

仮面、それはどんな仮面でも、どんな動きをしなければならないというような約束はありません。レッスンの場合、まず仮面をつけて鏡の前に立ち、体全体となじませ、それぞれの仮面の持つキャラクターを自分なりに感じて動くようにします。その場合、その演じ手のイメージで動くのです。ただ顔の表情は見えないのですから、全身でその感情表現を表さなければなりません。またその表現が演じる者の内面とつながっていないと、より嘘っぽく見えてしまいます。
また仮面の持つ形、その特徴をつかみ、動きの中に生かしてゆく必要もあります。それに老人の面だからと、老人をパターン化して動いても面白くありませんし、動物の面だからと言って、ただ動物、たとえば猫の面だから猫の真似をしても面白くないのです。人は猫になれません。その仮面にあった新たな猫をつくりださなければなりません。

これはインドで生まれたマハーバーラタの物語を仮面劇として上演した時、私が作った仮面です。
マハーバーラタとは紀元前四〇〇年頃生まれ、四世紀頃完成した、世界で一番長く、一番古い物語といわれ、我が国にも影響を与え、アジア各地に伝わり、今も多くの人々に親しまれているものです。能や歌舞伎の中にもその物語の一部が作品化され、現在も上演されています。

私が舞台化したのは、インドからインドネシア、ジャワ島に伝わり、ジャワの王権神話や、のちにイスラム教の教えなども加わり、今も影絵芝居として上演されているものからです。マハーバーラタはインドネシア読みです。その影絵芝居のダラン、語り手によって語られる物語をもとに、脚本化して上演しました。
その物語の中で、影絵芝居に必ずと言っていいほど登場してくるペトルとガレンと呼ばれる道化の為に作った仮面です。黄色の方は、日本に古くからある腫面からヒントを得て作りました。
こうして見てくると、それぞれの民族や芸能の特色を、仮面が持っていることがよくわかります。その中でも仮面の眼の作り方にそれぞれの芸能の特色が現れています。どこが違うかと申しますと、眼の穴の開け方に特色があります。
能面はほとんど黒眼の所だけに穴が開いていて、演者はたいへん見にくいものです。それに能面はヒノキを彫って作るので、木の厚さの分だけ見にくくなっていて、それは能の表現様式に関係があります。まず能の舞台はその広さが決まっていますし、高低がなく、舞台の装置といってもシンプルなものです。動きも、たとえばとんぼを切るようなこともありませんし、重心を下にした動きですから、このようにあまり見えなくても安全なのです。能の演者は自分の進む方向はあまりよく見えません。ではなぜ、このような不便な仮面を使うのかと言いますと、能の表現は、内側のテンションを非常に高くし、表面は静かにという特色を持っているからです。
それにひきかえ、コメディア・デラルテの仮面は、この仮面を見てもわかるように目の穴が大きい、仮面によってはもっと大きく開けたものがあります。やはりこれもコメディア・デラルテの表現スタイルによります。とても激しい動きをするのです。ですから能面のようなものをつけて演じたら怪我をしてしまいます。
この能面とコメディア・デラルテの仮面の中間にあるのが、バリ島やジャワ島の仮面の眼の開け方です。眼球の下側にそって横に長く穴があけられています。ですから能面より良く見え、動きも自由です。バリの仮面をつけての動きを見ていますと、階段を上ったり下がったり、野外での上演が多く、とんぼまでは切りませんが体を廻転させる動きも多いようです。
このように、仮面はそれぞれの芸能の持つ表現スタイルによって、作り方が違っています。
以上申し上げてきたように、仮面はそれぞれの民族や表現様式の違いが反映されて作られていますので、どんなものにも使えるというわけではありません。ですから、表現したい方向性に見合った物を作る必要があり、だんだんに新しい仮面を創作する方向になり、自分で仮面を作るようになってゆきました。
最初の方で、現代の仮面劇を上演する劇団やグループがほとんどないと申し上げましたが、その一つの理由に、創作仮面の作り手がほとんどいないのです。舞台美術のデザイナーや造形作家、人形劇の人形作家などが作る場合がありますが、手間が大変な割りに、顔につけ、表情豊かに見え、キャラクターを持ったものを作るのはなかなか難しく、また需要もそれほどありませんから、創作仮面を作る人はあまりいないのです。もしもっと仮面を作る人がいたら、仮面劇や仮面舞踊をやる人は増えるのではないでしょうか。

再生作業としての演劇行為 その6 に続く。

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