2011年11月12日土曜日

再生作業としての演劇行為 その6

第6回 仮面劇「小栗判官照手姫」――死と再生の物語 その1

どんな題材、脚本でも仮面劇になるとは限りません。ですから何を上演するか、その作品選びは難しいです。その中でこの二〇年間ほど再演を重ね、日本各地だけでなく海外、イギリス、アメリカ、東欧、香港、シンガポールなどでも上演した「小栗判官照手姫」についてお話します。
「小栗」の物語について、御存知の方もいらっしゃるかと思いますが、この物語は鎌倉時代末期に生まれ、それからずっと説教節として語り伝えられてきました。江戸時代に入ってから歌舞伎としても上演されました。しかしもともとは、平家物語などと同じように語りものとして生まれたのです。説教節といいますのは、お坊さんが信者に仏教説話などを語って聞かせたことから始まったもので、もともとが文字で読むのではなく、耳から聞く、語るために生まれた口承文学の一つです。
こうした芸能は我が国だけではなく世界各地にあり、特にアジアには「語り」の芸能がいろいろ残っています。最近、我が国では、文学作品を題材にした「朗読」や「語り」がたいへん盛んになり、たくさんのグループがあります。
ではここで、小栗の物語について簡単にそのストーリーをお話しましょう。
小栗は京都で大納言という位の高い家の一人息子として生まれ、たいへんに頭も良く、色男で、武芸にも秀でた若者に育ちます。しかし自由奔放な性格で、奥さんを七十二人も追い出し、京都のみぞろが池に住む大蛇の化身した美しい娘とねんごろになり、とうとう父親の怒りをかい、関東に追放されてしまう。しかし関東に来ても人気があり、多くの家臣が集まってきます、だがなかなか気に入った奥さんとは出会えないでいます。
すると旅の商人に、相模の国、今でいいますと八王子のあたりなのですが、その一帯を治めていた横山家に、照手姫という聡明で美しい娘がいると教えられ、照手の父親の許しももらわずに略奪結婚をしてしまう。横山一族はかんかんに怒って小栗を亡き者にしようと、騙して人喰い馬の鬼鹿毛に食べさせようとしますが、小栗は見事に乗りこなしてしまう。では次の手と考えた横山は、小栗とその家来達十人共々、毒の酒を騙して飲ませ、殺してしまいます。
しかし、勘当されたとはいえ、大納言の息子ですから、うっかりすれば天皇からおとがめもあるかもしれぬと、娘の照手姫も同罪とし、相模川に沈めてしまおうとするのですが、沈めることを命ぜられた家来が照手に同情して、殺さずに船に乗せ、流してしまいます。
照手は親切な漁師の親方に助けられるのですが、女房に人買いに売られてしまいます。そして照手は人買いの手から手に売られ、今でいう岐阜県大垣の近く、青墓になった大きな遊女屋で、遊女達に仕える下の水仕として働いています。
一方小栗は、家来共々死んで地獄に落ち、エンマ大王の前に連れ出されるのですが、家来達のたっての願いにより、再びこの世にもどされることになります。そして口もきけず、見ることも歩くこともできない、見るからに恐ろしい餓鬼の姿となり、墓を割ってこの世に戻ってきますが、エンマの手紙がその首にかけられ、「この者を熊野の湯の峰まで運び、その薬の湯につかれば元の小栗にもどれる」、と書いてあります。そのエンマの手紙を見た藤沢のお上人――時宗、一遍上人の起こした宗派で、現在も神奈川県の藤沢に遊行寺という時宗の大本山があり、そこには照手や小栗、鬼鹿毛の墓がありますが――そのお上人は餓鬼の姿となった小栗を土車――今でいいますと車イスでしょうか――そこに座らせ、「一引き引いたは千僧供養、二引き引いたは万僧供養」と唱えながら、熊野に向かって引き出します。小栗が殺されたのは神奈川ですから、熊野、和歌山までその長い道のりを、いろいろな人々の手によって引かれてゆきます。「一引き引いたは千僧供養」と言いますのは、土車を引いた人達の無くなった親、兄弟、子供、妻、友人などの霊のため、この土車を引けば千人の僧を集めて供養するよりも、もっと供養になるという意味です。
餓鬼の姿となった小栗を乗せた土車が、照手の働いている青墓の遊女屋の前で止まっているのを見つけた照手は、死んだ夫の小栗や十人の家来達の為にその車を引くことを決心し、主人に願い出て、五日間だけ引くことを許されます。照手は笹の葉に垂をつけ、顔に油煙の墨を塗り、まるで狂人のような姿となり、熊野に向けて引いてゆき、主人と約束したとおり、五日目に青墓まで帰るのですが、いよいよ別れの夜は、夫の小栗と知らずにグロテスクな姿の餓鬼に添い寝し、涙ながらに別れを惜しみます。この物語の中でも一番の聞き所、見所になっている場面です。
小栗の乗った土車は、道行く善男善女の手から手に引いてゆかれ、険しい山を越え、熊野の湯の峰の湯につかり、元の姿にもどります。その後、小栗は勘当された両親にも再会し、照手ともめでたく再会を果たし、末永く共に生きた。簡単に言いますとこうした物語です。


第7回 仮面劇「小栗判官照手姫」――死と再生の物語 その2 に続く

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